町内会の役員決め、突然の指名に戸惑った私が、地域での役割と関わり方を見つけるまで
私は数年前に、都会から地方へと移住いたしました。移住当初は、新しい環境での生活に期待を抱く一方で、地域での人間関係、特に昔ながらの慣習にどう向き合えば良いのか、漠然とした不安も抱えておりました。その中で特に印象的だったのが、町内会の役員決めという出来事です。
移住者にとっての「町内会」の壁
移住して半年が過ぎた頃、私は初めて町内会の総会に参加いたしました。町内会とは、地域住民で構成され、地域の清掃活動や防犯、お祭りなどの行事運営を行う自治組織です。都会では住民間のつながりが希薄なことも多く、このような組織活動に深く関わる経験はほとんどありませんでした。
総会の会場には、顔見知りのご近所さんもいらっしゃいましたが、ほとんどが初対面の方々でした。会の進行はスムーズに進み、いよいよ新年度の役員決めの議題になった時、会場の空気が一変したのを肌で感じました。毎年持ち回り制の役員、特に「組長」という役割がなかなか決まらない状況でした。複数の視線が会場を巡り、私はその視線が、新参者である自分にも向いていることを薄々感じ取っていました。
突然の指名と、押し寄せる葛藤
そして、私の予感は的中いたしました。会の最中、ある方から「新しい方がいらっしゃいますので、ぜひ来年はお引き受けいただけませんか」と、突然私に指名が来たのです。私は驚きを隠せず、頭の中が真っ白になりました。事前に何の打診もなかったため、心の準備が全くできておりませんでした。
その場は、沈黙が流れ、皆さんの視線が私に集まりました。断りたい気持ちと、ここで断れば地域の皆さんに悪い印象を与えてしまうのではないかという不安が入り混じり、声が出ませんでした。地域の皆さんは、私に「どうぞ」といった温かい、しかし少しばかり圧を感じるような視線を向けていました。結局、私はその場の雰囲気と、新しい土地での人間関係を良好に保ちたいという思いから、「はい、お引き受けいたします」と答えるしかありませんでした。
総会後、家に帰り着いた私は、安堵と同時に、やはりこれで良かったのかという複雑な感情に襲われました。全く知らない役割を、見知らぬ人たちと務めることへの不安が募りました。しかし、一度引き受けた以上、誠実に向き合おうと心に決めました。
役員経験から得た「溶け込み方」のヒント
実際に役員を務めてみると、想像していた以上に大変なことも多くありました。回覧板を届けたり、集会所の鍵を管理したり、時には住民間の意見の調整役を担ったりと、慣れないことばかりです。しかし、この経験を通じて、私は多くの学びを得ることができました。
まず、積極的に質問することの大切さです。分からないことは、ごまかさずに先輩の役員や地域の方々に素直に尋ねました。最初は戸惑われることもありましたが、熱心に耳を傾ける姿勢が伝わったのか、皆さん親身になって教えてくださいました。このプロセスを通じて、顔と名前が一致する方が増え、会話のきっかけも自然と生まれていきました。
次に、完璧を目指さないことです。最初は「移住者だからこそ、きちんと務めなければ」というプレッシャーを感じておりましたが、完璧主義を手放し、できる範囲で精一杯努めることを心がけました。地域の皆さんも、私が移住者であることを理解し、温かく見守ってくださっていることに気づきました。
そして、最も大きな学びは、地域との適度な距離感を模索する機会を得たことです。役員という役割を通じて、地域の課題や魅力を深く知ることができ、これまで漠然としか感じられなかった「地域」が、具体的な人々の暮らしや営みとして私の中に根付いていきました。役員を終えた今では、地域の方々との挨拶やちょっとした会話が、以前よりも自然にできるようになりました。無理に溶け込もうとせず、まずは与えられた役割を真摯に務めることが、結果として地域との接点を増やし、自分に合ったペースで関係性を築く一歩になったと感じております。
最後に
移住後の地域での人間関係は、一朝一夕には築けるものではありません。特に、町内会の役員決めのように、突然の出来事に戸惑うこともあるかと思います。しかし、それは地域との新しい接点となり得る可能性も秘めています。
もし今、地域での人間関係に悩んだり、慣れない慣習に戸惑ったりしている方がいらっしゃるのであれば、どうか完璧を目指さず、ご自身のペースで一歩ずつ、目の前のことと向き合ってみてください。そして、分からないことは素直に尋ね、できる範囲で誠実に努めること。それが、地域に溶け込むための大切な一歩になると、私は自身の経験からお伝えしたいと存じます。地域との関わり方には様々な形があります。ご自身にとって心地よい距離感と役割を見つけることが、豊かな移住生活に繋がることでしょう。